開発者が語るX1 Carbon - 機構設計

ThinkPad X1 Carbon

2回目の開発者が語るX1 Carbon - プロジェクトに続き、開発者たちの生の声をお届けします。

3回目は、機構設計のエンジニアたちが語ります。X300と初代X1を設計した経験豊かなエンジニアと、携帯電話の機構設計の経験のあるエンジニアの2名が、プロジェクトの要であったパッケージング(筐体設計)を主導しました。

 

- 前回のインタビューでX1 Carbonは、パッケージングに苦労したと聞きました。

森野: 企画フェーズで、基本的な機構設計を基にした、デザイン・モデルが完成していました。今のパッケージに近い、先端が薄くなったものだったのですが、開発フェーズに入ると、なかなか上手くいきませんでした。開発フェーズに最初にできたデザイン・モデルは、フラットな形状の20mm以上の厚みで、最初の案とは似ても似つかないものに・・・。

X1やT420sの経験から現実的に考えすぎて、アグレッシブな追求ができていなかったと思います。

大塚: 製造の事も考えながら進めると、かなり難しい設計だったと思います。今までやっていないようなチャレンジが多々ありましたから。

 

- 生みの苦しみですね。その問題をどうやって解決したんですか?

森野: まず、ゴールを明確にしました。「まず全体を薄く、そして先端をさらに薄くする」です。

厚みを決定する重要な要素は、2つです。
1. ClickPadとバッテリーの重なる部分の薄さ
2. バッテリーの適切な傾き

ClickPadとバッテリーが重なるポイントを薄くするため、他機種ではやった事はない、特殊な事をしました。

大きなバッテリーは、ClickPadのあるパームレスト全体を超えて、キーボード手前側の直下付近にレイアウトされています。バッテリーの厚みは変更できなかったので、ClickPadとキーボードを薄くするのが有効です。しかし、キーボードの全体を薄くすると、キーストロークなど使い勝手に重要な要素に影響があるので、それは避けました。

そこで、マグネシウム合金のフレームと薄型ガラスを使って、ClickPadを薄型化しました。

バッテリーの適切な傾きを導くため、最も良いバランスを決定するのが、一番大変でした。先端を薄くするだけなら、バッテリー傾きを大きくすれば良い訳です。シーソーみたいなものです。しかし、それでは傾きが延長された奥側は厚くなります。せっかくボディー自体は薄いのに、傾きのためボディー奥側が浮いてしまい、ゴム脚を机に接地させる必要があるからです。高いゴム脚は鞄に入れる時にひっかかるので、ポータビリティーも悪くなります。

最終的には、内部構造をみながら多くの案を検討し、先端が薄く奥側も適切な厚みになる、ベストのバッテリーの傾きを達成できたと思います。

バッテリーの傾きとボディーの薄さの関係

 

- しかし、開発途中で大どんでん返しがあったと聞きました。機構設計に関わる事だったんですか?

大塚: はい。機構設計への影響が一番大きかったと思います。

射出成型やダイキャストの型が完成した後の、大きな変更でした。もちろん、製品の方向性やプロジェクト全体に関わる変更でしたから、大和研究所は大騒ぎになりました。その変更に対しては、社内でも賛否両論あったのも事実です。

しかし、大どんでん返しにチャレンジすることしました。

詳細に検証していくと、サイズを更に小さくできる可能性を発見したので、これが最後のチャンスと思い、もう一度設計を見直しました。色んな部署と協力して、バッテリーパックを小さくしたり、子基板を小さくしたり、上げていくと切りがないのですが、結果的には奥行きを10mm近く小さくできた時は、自分でも驚きました。

でも、それはあくまで副産物です。大どんでん返しについてはもっと大きな変更でしたから。今から考えるとそれを経て、X1 Carbonは当初とは別製品になったくらい大きくブラッシュアップされたので、正しかったと思います。

1製品なのに、2-3製品分の設計をした気分です。疲れました(笑)。

 

- 聞いているだけで疲れます(笑)。他にも苦労した点や自慢できる点はありますか?

大塚: 実は、ThinkPadにはある「呪縛」があったのですが、それを解き放ちました。

「呪縛」は「パームレスト塗装剥がれ問題」でした。手の平から発生した汗が塗装膜を通過し、金属メッキ膜に達し、金属を溶かしガスを発生させ、塗装膜との間に気泡を生じたため起きた問題でした。

信じられない話なのですが、エイリアンの血液並みの強酸性度だと金属も溶けます。通常、人間の汗は弱酸性なので、医学的にはありえないことなんですが、実際に問題は発生していました。それで、ThinkPadでは金属あるいは金属メッキ膜を持つパームレストに、塗装は許されなかったんです。アルミ合金のアルマイト処理は、特性が違うので例外です。

X1 Carbonのパームレストは、マグネシウム合金の上に塗装のパーツです。ヤバイです・・・。

そこで、生産技術部門と一緒に色々な事を検討しました。高耐性フィルムでラップしてから塗装するなども検討したのですが、最終的には、「高耐性ベースコート塗装」で解決しました。強酸性度の汗にも、耐えられるベースコート塗装をした上で、仕上げの塗装をしています。実験結果ではpH 1、濃塩酸にも耐えられます。エイリアンにも負けません(笑)。

森野: 私の自慢は、「ほぼ180度開くヒンジ構造」です。私の知る限りでは、ドロップダウン・ヒンジでは世界初です。

X1 Carbonは、ThinkPad Classicでは珍しい「ドロップダウン・ヒンジ」のマシンです。ドロップダウン・ヒンジは、ヒンジ自体がLCD側から釣り下がって、ヒンジ軸がLCD側ではなくシステム側にあるために、社内ではそう呼ばれています。

ドロップダウン・ヒンジの場合は、135度くらいしか開かない設計が多いのですが、他の通常のヒンジを持つThinkPad Classicと同じ、180度開く事にこだわりました。事情があって、「ほぼ」180度なんですけどね(笑)。

 

- X1 Carbonは、その名の通りカーボン素材もチャレンジしていますよね?

大塚: はい。最高級のカーボンを初めて使っています。

以前のLenovo Voice vol. 5と追加インタビューでも説明されていましたが、航空機やF1カーのカーボンよりもグレードの高いものです。

CFRP(炭素繊維強化プラスチック)にはいろんなタイプがあります。炭素繊維そのものにもグレードがあって、既に非常に強度の高いものが存在します。最もグレードの高い炭素繊維は釣竿に使われていて、航空機やF1カーの部品よりも良いものだそうです。しかし、ノートPCの量産には向きません。ほとんど工芸品のようなもので、何十万円という釣竿もありますが、当然コストとのバランスも考慮しなければなりません。まだ課題は多いのですが、近い将来実現できる自信があります。

(Lenovo Voice vol. 5と追加インタビューから抜粋)

私の知る限りでは、このカーボンでのノートPC量産は世界初です。カーボン繊維自体の組成も良く、密度が高いのが特徴で、パーツを薄く軽く強く作れます。

実際、X1 Carbonは薄く軽く強いと思います。鉄球を落とすテストでも、傷ひとつ付かない高いパフォーマンスでした。1.5mm厚のアルミやマグネシウム合金が凹んだくらいの、厳しいテストでしたけどね。

 

- すごい素材が使われているんですね。最後に将来に向けての話はありますか?

森野: 新しい技術やセクシーなデザインなど、目を惹く部分が特に注目されている中でも、ThinkPadという名前で期待されている部分は、今後も大切にしていきたいと思っています。

例えば、使いやすさ・堅牢性・キーボード防滴性能・180度開くLCDなどは、期待されている部分だと思います。今回も、薄型化を実現する中で、更に改良された点でもあります。それ以外にも、機構設計の少しの工夫でより使いやすいデザインにできる部分がまだ多くあると信じているので、そういう点にはこれからもこだわっていきたいと思います。

ThinkPad X1 Carbonを持った、森野貴之

 

大塚: X300の後継機種をやりたいです。

レノボとしては、初代X1がそうだったのかもしれません。しかし、個人的にはClassicシリーズのような正統派で、高いバランスの製品の事を、X300の後継機種として指しています。

X300は、光学ディスクドライブ・バッテリーの拡張性などがあるにも関わらず、サイズと軽さのバランスがちょうど良いと思います。そのような製品をやりたいです。とてもClassicシリーズらしい系譜の製品とはそういうものだと思います。

では、X1 Carbonが何かと例えると、先進的な#12394;スペックを持つF1カーです。でも公道は走れません。X300の後継機種は、F1の技術もフィードバックされた、公道も走れる小型で万能なスポーツカーにしたいと思います。

実は、T4X0sと初代X1は、X300の技術をフィードバックした製品でした。今はX1 Carbonがあるので、ひとつステップが上がっています。これからもチャレンジは続きますね。

ThinkPad X1 Carbonを持った、大塚亮